ドウブツ

黒猫はだれのもの

kns_bako

 黒猫を見かけた。厳密には、黒猫が「いたであろう」。黄色い丸い目が二つ、0時の夜道にぽっかりと浮かんでいたから、きっと野良猫だと思う。残業が続いて三週間と二日目、気がふれていなければ、月が落ちて分裂していなければ、きっと野良の黒猫だ。

 道路の真ん中まですたすたと歩いていたかと思えば、こちらの気配を察してぴたりと止まる。おーい、心配しなくても、こちらは危害を加えませんよ。このビニール袋には、夕飯のお弁当が入っているだけです。ご心配なく。頭の中で挨拶をしていたつもりだが、少し声に出ていたかもしれない。でもまぁ、礼儀として、ご挨拶はしておこうじゃないか。重要な機密データをひっちゃかめっちゃかにして飛んだ新人より幾分素敵なお客様だ。

 日付が変わっても蒸し暑い熱気は変わらず、ビニール袋の中のお茶はすっかり汗をかいている。早く家に帰ってシャワーを浴びて、明日、もとい今日も始発だから早く寝たい。普段ならどこからかカレーの香りがする帰路も、今は数十メートル先の黒猫と、ジジジと羽虫を寄せる街頭と、自分だけ。なんだか「自分だけが取り残された町」みたいで、小説みたいで、なんともメルヘンじゃないか。こんなことを考えている暇があればさっさと歩けっての。

 先に静寂を解いたのはニャ、と短い音だった。その後トトト、と軽快な足取りで民家のガレージにするりと入り込んだ。「高田」さん。二つの黄色い目は白いフォレスターの下に鎮座している。犬派の自分でも、その不躾な猫が鍵しっぽであることは見逃さなかった。

 えぇと、そうだなぁ。高田クロベェとでもしようか。高田クロベェよ。その鍵しっぽで、明日会社を爆発させるヤバい事件を引っ張ってきてください。…なんてね。ちょっと物騒か。会社の一大事を立て直せる、完全無欠スーパーカリスマハイパーサイヤ人を連れてきて下さい。

 クロベェは返事をしなかった。うん、それでいい。今はそんなことより、早くこの20%オフの幕の内弁当を食べたいんだ。足早に高田家を通り過ぎて、次の角を曲がれば我が家のマンションは目前。でも確かに、本当に月が落ちちゃったら会社どころじゃないよなぁ。クロベェ、やっぱり爆発はキャンセルで。振り向きもせずお願いする。

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藤沢 かなス
藤沢 かなス
元気なフリーター
5分で読めるSS、後腐れのないブログ、日常観察図鑑を書いています。
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