見ぬ30の時代
30代ってこんなものなのだろうか。買ってきたとろろうどんをすすりながら、録画していたお笑い番組を見る。時刻は午前4時。油っぽいコンビニ飯が一番うまい時間。
30代って、もっとこう、大人だと思っていた。自我が5歳ぐらいで芽生えるとして早30年、それだけの時間があれば桃栗と言わず柿だって実るし元号も変わる。それなのに私はまだ子を成すどころか両手の薬指は所在不明、中学校の卒業記念にもらった印鑑をまだ使い続けている。
別にそれが悪いと思っているわけではない、とだけ、強がりではないけれど明言しておきたい。独身貴族様様、お給料は趣味の旅行と化し、数時間前まで近所のカラオケスナックで文字通りどんちゃん騒ぎをしていた。誰が待っているわけでもない1Kに帰るのがさみしくないと言えば、これは少しウソになるのだけれど、それでも風呂に入り、18度に設定したエアコンが待つ部屋に素っ裸で飛び込む快感だけは、どの法律にも縛られない清潔で完全な自由だ。
30代はリネンのワンピースを着るものだと思っていた。同じ素材のヘアバンド、メイクは天然ミネラル素材のもの、庭で採れたハーブで化粧水を手作りしてもいい。無垢材のフローリングは米のとぎ汁で毎日磨き上げ、週末はパタゴニアのTシャツと眼鏡とヒゲが似合う旦那と家庭菜園を楽しむ。
いや、まてよ。私、リネンの服、死ぬほど似合わないじゃん。ぬるくなったビールを飲み干し、げっぷが出る前に冷蔵庫からもう一本取り出す。あ、ついでにトイレも行っておこう。化粧だって流行りのプチプラをとっかえひっかえ買うのが好きだし、床の雑巾がけなんてここ数年していない。パタゴニアTシャツでヒゲに眼鏡の旦那なんて絶対つまらない。どうせ好きな音楽を聴いても「言っても知らないと思うから…」とか、アングラがかっこいいとこじらせた思考のままクロックスを履いて成長したようなヤツだろう。そのうち家に暖炉が欲しいとか言い出すに違いない。
審査員のコメントを早送りしながらこんな悪態をついてしまうのは、駆け出しの芸人のネタが微妙だったからだろうか。YouTubeで動画を見た時は面白いと思ったのに、賞レースになるとビビってしまうタイプか。なんで男ってココ一番でバシッと決めらんないかなぁ。それか、YouTubeのおすすめ欄に出てきた『理想の自然あふれる生活』なんて動画を見てしまったからだろうか。朝から白湯ネタがまだ流行っていること驚いたし、『地元の食材を食べることでパワーが増す』なんて言葉を聞いてから最後まで見るのが怖くなってしまった。
何食べたって出てくるものは同じだし、そんなに余裕があるならパタゴニアのTシャツじゃなくてグッチのTシャツ着てる男捕まえた方が面白いだろうに。人には人の乳酸菌、人には人の30代。私の30代はまだはじまっていないようだ。
